ミニマムライフコストと遊びのお金

この記事はこんな方向け
  • 経済的自由やセミリタイア、FIREを目標に生活している方
  • 遊びや贅沢費を生活費に入れるべきか入れないべきか迷っている方

はじめに

今回の質問と自分の回答はこちらです。

1年の出費の中で遊びや贅沢に使っているお金はどれくらいありますか?

現状は日々の生活費を100とすると5〜10の割合です。

働かなくても生きられる状態=経済的自由という考え。一度知ってしまったら達成したいと思わずにはいられません。経済的自由を達成するためには一般的に25年分の生活費が必要なんて言われますが、ここで1つ問題があります。それは

1年の生活費にはどこまでのお金を含めるか

生きられればいいからと今の生活で全く遊ばない、どこにも出かけない、誕生日だろうと何だろうと常に同じ食事をするなどという仙人さんは読んでいる方の中にはいないでしょう。ただ、そのお金の考慮の仕方で一年の生活費はガラッと変わって目標金額に大きく影響します。

そこで今回は、
・自分が思うミニマムライフコストの定義
・経済的自由と遊びや贅沢に使うお金に対するスタンス
について紹介します。

ミニマムライフコストの個人的定義

ミニマムライフコストの定義

実はいまさら初耳だったのですが、オフィシャルには四角大輔さんと言う方が最初に提唱されたそうです(誰でも思いつきそうな言葉だから”断捨離”と一緒で正直最初に言ったもん勝ちなだけな気はしますが・・・)。その方曰くの定義は自分や家族が健康的に生活するために必要な最低限のお金

これにちょっとアレンジを加えまして、自分は「自分が健康的かつ文化的に生活するために必要な最低限のお金」と定義します。

結婚して配偶者や子供を養うのにかかるお金は自分でそういう決断をして勝手に増えたお金です。昔と違って労働力として子供を持つ必要はなくなっていますし、生きる上で最低限必要かといえば極論いなくても困りません。少なくとも配偶者のお金の面倒を自分が見ないといけないって謎です。自分の食い扶持くらい自分で用意してほしい。

こんな考えだから結婚したくても相手は見つからないでしょう。

文化的という言葉を追加したのは日本国憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」によります。
自分は文化的とは「ネット社会にアクセスしてYouTubeを見れたり、自然に触れられること」と捉えています。

最低限ってどんな状態?

「健康的ってなに?文化的って何?最低限ってどれくらい?」こんな議論があります。昔だとクーラーがが必要最低限かどうかという話もありました。

ネット環境も同じで昔なら明らかに贅沢品ですが、今となっては必須レベルです。必要最低限の水準は刻々変わるので一概には決められませんが、2021年7月時点で自分が思っているレベルを紹介しておきます。

  • インターネット環境にアクセスできること
  • 1日に必要なカロリーと栄養を摂取できていること
  • 食事・入浴・排泄・歯磨き・睡眠を完結できる住居に住んでいること
  • 公的保険に加入していること

クーラーは地域によってはなくてもOKという場合があるので入れてません。インターネットは接続できればOKで速度が遅かろうが無視、食事は摂取さえできていればサプリでも問いません。

公的保険(国民健康保険)は入っておかないと国が保険適用している=有効とされている治療を受けることが実質不可能(10割負担だと経済的に破綻する)するので条件の1つに加えました。

贅沢費に対するスタンス

結論!遊びや贅沢費用はミニマムライフコストに入る?入らない?

自分は遊びにかかるお金をミニマムライフコストには入れていません。それはこちらの記事で紹介している通りです。

  • 遊びや贅沢は「最低限な文化的生活」のレベルを超えている
  • 経済的自由のハードルが上がる

・遊びや贅沢は「最低限な文化的生活」のレベルを超えている

人によっては「年に1回は旅行に行けないと日々の生活が頑張れない」「自分にとっては〇〇のライブに行けることが生きていることそのもの」という意見もあるでしょう。自分もそういうのがあるので気持ちはわかりますが、それがなくても死にはしませんし、ストレスの原因になっている前提条件(仕事や住んでいる場所)など全て無視したらそれがなくても日々の生活は過ごせると思います。

・経済的自由のハードルが上がる

どうしても生活に必要なお金が月10万円で遊びに月5万円使っているとします。
前者だけを考えれれば目標は10万円*12ヶ月*25年=3,000万円、後者も含めてしまうと15万円*12ヶ月*25年=4,500万円です。

遊びの分も働かなくて賄うために1,500万円を用意するのはとてもじゃないですが自分なら実が持ちません。

じゃあ遊びはダメなの?そのためのお金は?

こんな結論で終わってしまうと遊びや贅沢だダメと思われそうですが、決してそんなことはありません。むしろ遊びや贅沢こそ人生を楽しめるツールと言っても過言ではありません

自分はバケットリストの1つに東北地方の情報発信というのがありますが、これにかかるお金なんてまさに遊びや贅沢費用そのものです。ではどうするか?次のようなプランはどうでしょう。

  • 経済的自由達成まで・・・ミニマムライフコスト25年分の確保を最優先とする
  • 手段①・・・確保したミニマムライフコストで生活しつつ、給料を贅沢費用の積み上げに使う
  • 手段②・・・贅沢費用の分は都度ゆるく働いて確保する

・手段①・・・確保したミニマムライフコストで生活しつつ、給料を贅沢費用の積み上げに使う

経済的自由の達成まではもらったお金を全てミニマミライフコスト25年分の積み上げに使ってきたと思いますが、達成後はしばらく仕事を変えずにミニマムライフコスト用の資産を崩して生活しつつ、次は贅沢費用を一気に貯めにいく方法です。

一気に貯め終わればその後は一切の労働なしに遊ぶことだけしていればOKというのがメリットです。

・贅沢費用の分はゆるく働いて確保する

自分が他人におすすめしたいのはこちらです。リタイアした後に定職に転職する必要はありませんが、遊びのお金に応じて週2〜3日くらいは働いて確保するスタイルです。

「結局働くのかよ」という不満があるかもしれませんが、ある程度ははたらいたほうが程よいストレスで体にいいですし。そして手段①であれば一気に贅沢費用を積み上げるのに過ごす数年〜10年を好きなことをするのに使えます。

時間も大事です

と言いながら自分は①寄りの戦略になっています。というのも東北地方の情報発信をしようとした時にある程度まとまった期間(旅行、現地滞在)が必要だと想定していて、誰かに雇われて働くスタイルと両立しないのでは?という懸念が1つ。
もう一つは必要なお金は今でいうYouTubeみたいな媒体を使って稼ぐ方式でいくつもりだからです。

もちろん、今後の健康状態や外部環境によって方針は変わる可能性がありますが、形がどうであれ稼ぐために何かをするというのはやめるつもりはありません。

おわりに

今回は経済的自由を目指す上での遊びや贅沢費用に関する考えを紹介しました。可能なら誰だってなんもしないで好きなことだけ100%やっていたいと思うでしょう。

ただそのために手段①のスタンスで突き進むと貴重な時間をさらにお金を積み上げることに割くことになるので遊びのお金はすみわけた上で戦略を練って欲しいと思っています。

前述の通り自分は①寄りではありますが、とりあえず経済的自由を達成したら東北地方への移住だけはしてしまって、そこで生活すると言う夢の1つは叶えつつ4〜5年別の雇われ仕事で遊びのお金を用意するのも一案かなと考えたりもします。

みなさんはどんなプランで経済的自由とやりたいことだけできる生活の実現を目指しますか?改めて考えてみて下さい。

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以上でこの記事は終わりです。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
自分で考え、決めて、行動して、一緒によりよい時間を増やしましょう!

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