最悪を想定して普通に期待

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この記事はこんな方向け
・高望みしがちな方
・未来へのいいスタンスの置き方の塩梅がわからない方

はじめに

今回の質問と自分の回答はこちらです。

生きる上での期待値は高い方ですか?低い方ですか?

①常に低いです。

最悪を想定して最善に期待しよう」この手の類の言葉を聞いたことはありませんか?でも実際に行動する時、行動するための準備をしているときに最悪も最善も両方想定している人はそうそういないでしょうし、そもそも予想される結果の範囲も人によってまちまちではないでしょうか?

「自分は悪いことは考えない」といって常にいいことだけ想定する場合や「うまくいかないもんだと思ってやろう」ということで悪いことだけ考えておくなど様々です。

自分ははっきり後者で、いい側を期待するときも最善ではなくて普通までにしています。

そこで今回は、
・「最悪を想定して最善に期待する」の意味
・「最善」ではなく「普通」に期待した方がいいと考える理由

について紹介します。

「最悪を想定して最善に期待する」とは?

おおもとは日本語ではなく英語です。

”Hope for the best, Prepare for the worst”

イギリスの政治家だったベンジャミン・ディズレーリという方がおっしゃった言葉だそうです(知りませんでした)。

以上!って言っちゃうと不親切なので、この言葉をどう言い換えられるか考えてみました。

想定外は許されない

10年前の東日本大震災のときに耳タコレベルで聞いた「想定外」という言葉。この言葉から言わせれば想定しないなんてあり得ないんじゃないかなと思いました。

津波の高さは想定しないかもしれないけど、たとえば
想定していないレベルの災害(地震・水害・火災)が発生して街が消滅するとしたらどうするか
を想定することはできますよね。

想定したら準備もできます。具体的には
・近隣市町村や友好都市にもしもの時の受け入れを事前に相談しておく
・誰が指揮系統を司るか、大事な文書をどこに分散保管するか決める(クラウド上とか)

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希望を持って生きないのもおかしい

たとえば、株式に投資する方は「いつかこの株が値上がりしてほしい」と思って購入するし、部活の練習を頑張っている方は「もっと足が速くなりたい」「もっと速い球を投げられるようになりたい」と思って練習しますよね。

「別に上手になりたくないけど練習します」という方はいないでしょう。だから、何かを期待することは決して悪いことではないし、どうせ期待するなら良い状態を期待するのは自然だと言いたいのではないでしょうか?

「最善」ではなく「普通」に期待したほうがいい理由は?

おおもとは「最善に期待する」となっていますが、自分は「普通に期待する」ほうがいいと思っています。

理由は最善を期待してしまうと結局結果が普通以下に終わった時にガッカリするからです。

期待するだけなら元の言葉の通り最善のケースでもいいじゃないか?と思われるかもしれませんが、期待するだけで終わるかたはそうそういないと思います。

期待するだけでなく実際にそれが起こるものと信じ切って行動するわけですが、もちろん最善の結果になることなんてそんなにありません。

自分の中では普通=最善の結果と思って粛々と行動しておいて普通以下の結果に終わってもガッカリ感は小さいですし、普通以上の結果が出てくれればまさに”僥倖”です。期待値を下げましょう、というのと言いたいことはおんなじです。

期待値を下げる気楽な生き方

おわりに

過去記事でも言っていますが、別に期待するなというわけではありません。

ただ、人はついついいいことばかり期待(イメージ)してしまう傾向があるように思うので、それなら最善には期待しないほうがいいんじゃないかという結論に至っています。

いい意味で行動のハードルを下げるためにも最悪を想定して、普通に期待してみてはいかがでしょうか?

****

以上でこの記事は終わりです。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
自分で考え、決めて、行動して、一緒によりよい時間を増やしましょう!

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